まいり

丹後光祐

たんご こうすけ
1986 - 1993
小学生 「命のアサガオ」を育てた少年 新潟県 胎内市
丹後光祐さんについて
1992年に白血病と診断され、家族をはじめ、様々な人々の協力を得ながら闘病生活を送るが、その後病状が悪化し、1993年9月に7歳で死去する。
その後、光祐君が小学校で育てていたアサガオが家族の元へ渡され、収穫された種は様々な人の手に渡り、「命のアサガオ」と名付けられる。
現在は、光祐君の母親をはじめとする人々が、アサガオを通して骨髄バンクへの理解を深めるための活動を行なっており、「命のアサガオ」の種は今でも多くの人々に受け継がれている。
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4日前 ID:1118597
光祐君へ

まっすぐ まっすぐ
空に伸びてゆく花は
こんなに暑い日差しにも
負けない強さがある

合唱曲「あさがお」の中のこの歌詞は、辛い治療を頑張っていた光祐君そのものだと私は思います。
天国でも、ご家族のことを見守っていてくださいね。
ご冥福をお祈りします。
4日前 ID:1118592
お悔やみ申し上げます