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朱慈ゲン

しゅ じげん
1648 - 1662
南明最後の皇帝・永暦帝の第三子(皇太子)
2022.02.18 ID:1318887
磐梯山
朱 慈炫(しゅ じげん)または朱 慈煊(しゅ じけん、1648年 - 1662年)は、南明の皇太子。中国の歴史においてキリスト教に改宗した初の皇太子。南明の永暦帝の第3子。2人の兄が相次いで消息不明になったため、永暦5年(1651年)に皇太子に立てられる。永暦16年(1662年)に、匿われたビルマ王ピエ・ミンの裏切りで、清に降った呉三桂によって、父母と兄弟とともに引き渡された。そのとき皇太子の朱慈炫は呉三桂に向かって「逆臣めが、わが明を討ち負かして、われら父子をどうするつもりだ?」と罵った。しかし、呉三桂は意に介さずに、夏4月に永暦帝父子を昆明で、火あぶりの刑に処したといわれる。朱慈炫の享年はわずか15歳で、皇太子は苦しみながら花のように短い命を散らしたのだった。
2020.03.10 ID:389296
亡くなったというわけですな
2020.03.09 ID:389015
永暦帝の第三子・朱慈ゲンは、父母等と1659年、ビルマに逃げ込んだが、清を恐れたピンダレ王は1661年に一行を清の呉三桂に引き渡した。朱慈ゲンは「逆臣めが、明を打ち負かして、われら父子をどうする気だ」と罵ったが、翌年、昆明で…
2020.03.09 ID:389005
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