まいり

趙高

ちょう こう
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中国・秦の宦官 (紀元前258年~紀元前207年)
趙高さんについて
中国、秦代の宦官。始皇帝に仕え、末子胡亥のお守役となる。始皇帝没後、丞相李斯とともに始皇帝の遺言を改竄、太子扶蘇や名将蒙恬らを謀殺。『斷而敢行、鬼神避之』と言い、胡亥を即位させた。のち李斯を謀殺、丞相となり政権を掌握。さらに胡亥を自殺させ、胡亥の甥子嬰を立てたが、子嬰により一族もろとも誅滅された。
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2020.03.30 ID:395890
『平家物語』
               。。
···遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、
漢の王莽、梁の朱异、唐の禄山、これらは皆旧主先皇の政にも従はず、楽しみをきはめ、いさめをも思ひ入れず、······
2020.03.09 ID:388881
貧しい家に生まれ、多くの兄弟を養うため自ら宦官になった。始皇帝の末子・胡亥の傅役で認められ、職務に精励していたが…始皇帝の急死で佞臣の道に(溜息)
2020.03.08 ID:388651
仏教の影響で残酷なことを嫌った、牧畜業が発達していなくて去勢の知識が無かった、女性が中国よりは貞淑だったと書いてあったの読んだことがあります。
2020.03.08 ID:388622
元祖Mr.佞臣。ところで、中国の宦官制度は朝鮮や安南にも波及したのに、どうして日本には導入されなかったのやら。
2020.03.07 ID:388333
お悔やみ申し上げます