まいり

新垣芳子

あらかき よしこ
1918 - 1940
琉球舞踊家 新垣松含氏息女
新垣芳子さんについて
良家の子女が琉球舞踊を習うことは、女の堕落であるとされていた昭和初期の頃、琉舞を大衆化しようとしていた父・松含から妹の澄子とともに教えられる。室内の障子を閉めて、外からわからないように教えられたという。舞踊家として後年大成し、昭和11年日本民族協会主催の沖縄芸能東京公演で鳩間節を踊って脚光を浴びる。松含没後大正15年創立の「松陰会」を引き継ぎ、鳩芳会を主宰したが早世した。
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2020.01.23 ID:371826
お悔やみ申し上げます
1940年03月01日に亡くなった人