まいり

宮城美能留

みやぎ みのる
1935 - 1987
琉球舞踊家 組踊役者 沖縄芝居
宮城美能留さんについて
琉球舞踊家・宮城能造の長男。昭和29年田代タカ子に「諸屯」などを、31年父、真境名由康、玉城盛義、上間朝久に組踊を学ぶ。32年宮城稔舞踊研究所を始め、45年宮城美能留沖縄歌舞団を結成。同年ソ連とポーランドで公演を行ったのを皮切りに、欧州、米国、北アフリカなど約30ケ国、80都市で公演、琉球舞踊を全世界に紹介する役割を担った。46年舞劇「パナリの恋」「悲恋瓦屋節」を発表して以来、歌舞劇の創作にも取り組んだ。47年本土復帰に伴い、組踊が国指定重要無形文化財に指定され、後継者に認定された。59年の沖縄伝統舞踊保存会の結成にも尽力した。61年末期癌に冒されながら組踊十番の一挙上演を成し遂げ、62年51歳で病没した。
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2020.01.23 ID:371809
お悔やみ申し上げます
1987年02月22日に亡くなった人