まいり

伊丹秀夫

いたみ ひでお
1933 - 2018
浪曲 浪曲師 曲師 初代 伊丹明
伊丹秀夫さんについて
初代 伊丹明
福島県出身
11歳のときに二代目天中軒雲月に弟子入り。芸名を天中軒明と付けてもらい道頓堀の角座で初舞台。その後師匠が二代目天中軒雲月を伊丹秀子に改名したので伊丹秀夫と改名。以前より三味線の稽古をしていたので17歳より師匠の三味線を弾き始めた。19歳の時に西川興行社(現•新栄プロダクション)で1年半曲師として入社。退社後再び師匠の一座に戻る。昭和36年師匠伊丹秀子が引退したのをきっかけに曲師に転向、芸名を伊丹明となる。昭和37年玉川カルテットの前身玉川トリオに加入しそして脱退し、昭和44年師匠伊丹秀子がカムバックしたので一座に戻り、昭和48年3月15日に新宿安田生命ホールで看板披露。昭和50年8月NHK浪曲新人コンクールで優秀賞を獲得した。

弟が曲師 伊丹秀敏 「浜乃一舟」

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2019.10.20 ID:339458
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2018年03月20日に亡くなった人