まいり

笠原白翁

かさはら はくおう
1809 - 1880
蘭方医
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2021.01.20 ID:1185858
<種痘の普及に命をかけた白翁先生>
●幕末には天然痘が大流行していました。
1845年の日本での死者は30万人に達しました。当時の人口の1%です。町医者だった笠原白翁は命がけで天然痘に立ち向かいました。1849年には種痘した子供たちを連れて、痘苗を京都から福井へ運びました。道中の栃ノ木峠では何度も遭難の危機に遭いました。2メートルの積雪でした。2年後には他藩に先駆けて、福井藩に種痘所が開設されたのです。
●当時の種痘所「除痘館」跡地は、現在は石碑として福井市春山1丁目に残されています。白翁の「白」は、オランダ語のハクシン(ワクチン)の「ハク」だと言われています。藩主・松平慶永公が幕府に働きかけた結果、老中筆頭の阿部正弘は痘苗の輸入を認めました。橋本左内は医者として白翁先生を手伝いました。福井藩を挙げて、天然痘の撲滅に取り組みました。先人の努力によって尊い命は救われ、今こうして私たちの日本があるのです。
●私たちは感謝しています。決して忘れません。白翁先生をはじめ、当時の皆様のご冥福を心よりお祈りします。
2020.03.13 ID:390309
笠原 匠
自分の 偉大な 先祖様です
 ID:127959
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