まいり

智明坊

ちみょうぼう
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2020.01.07 ID:365337
 鎌倉時代、仁田山(群馬県桐生市川内町)に、荘司・園田太郎成家という武士がおり、大番役で都(京都)へ上った際、法然上人に出会い仏門に入りました。
 智明坊(ちみょうぼう)と名乗り、法然上人の下で6年間の修行を重ねた後、故郷で教えを広めるため帰国することになりました。
 その際、上人から天智天皇の護特仏だったという、由緒ある阿弥陀如来像を頂戴し、牛の背に積んで仁田山への道を急がせました。すると藪塚(新田郡・現在の太田市)まで来た所で牛が倒れて死んだので時間を取られ、やっと出発するや渡良瀬川の増水で足止めとなり、前進することが出来なくなってしまいました。
 そこで一行は、仕方なく薊村(あざみむら、如来堂村の古名)の塚の上にお堂を建て阿弥陀如来像を安置して布教を始めたところ、あちこちで霊験が現れたので、薊村(あざみむら)が如来堂村に改称されたというのです。
https://note.com/quanro/n/ne71d70df1ea4
 ID:121305
お悔やみ申し上げます