まいり

鮫島十内

さめしま じゅうない
1852 - 1903
明治期 天草富岡の漁師
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2020.11.02 ID:1130040
外孫の外孫
亡くなった祖母から、さめしまとないは、苓北地方の網元で、シカゴ万博で日本人として初めての金賞(優等賞)?を、十内(とない)網(八田網)?で戴いた立派な人で、富岡沖で遭難した世界中の国?の船員を何度も救助し(救助した世界中の国の人達すべてと話しあえ)たと、、聞いてきました。
祖母に、(じゅうないなの?とないなの?)って聞いたら、「昔の人だからどちらでも、よいのよ、祖父のとないのお父さんもとない」って、優しく、教えてもらったような、細かなことに、祖母ではなくて祖母の外孫の自分の記憶違いがあっても、とないの外孫の祖母は、祖父のとないのことを、生涯、誇りに思っていました。
鮫島十内さま、子孫の繁栄のためのご加護をお力添えをお願い致します。
ご冥福をお祈りいたします。
 ID:115232
お悔やみ申し上げます
1903年11月22日に亡くなった人