邪馬台国の女王。旧字体では「壹與」。「壹與(壱与)」ともみえる。中国の史書『三国志・魏書東夷伝』などによれば、邪馬台国の女王である卑弥呼の死後、男王が位についたが、人々がこれを不服として内乱が起こったため、卑弥呼の宗女である13歳の台与を女王として立てたところ、倭国は治まった。その後、魏に男女生口(奴隷のことといわれる)三十人、玉や錦を献上品として朝貢したという。
台与が何者であるかについては、古来から記紀に登場する人物などに様々な比定がなされているが、記紀に登場する人物とは確実に断定できないこともまた事実である。
台与 - Wikipedia