旧制苫小牧中(現苫小牧東高)に入学した1938年(昭和13年)にアイスホッケーを本格的に始め、立教大中退後の45年、応召し樺太へ。47年に帰国し、同年入社した岩倉組アイスホッケー部で主力選手として活躍。監督、部長を務め同部の黄金時代を築いた。 90年から2010年まで道アイスホッケー連盟会長を務め、日本アイスホッケー連盟副会長なども歴任した。98年の長野五輪では正式種目となった女子アイスホッケー日本代表のチームリーダーも務め、2003年に国際アイスホッケー連盟の殿堂入りした。
北海道新聞より引用