まいり

小野田寛郎

おのだ ひろお
1922 - 2014
元帝国陸軍少尉
小野田寛郎さんについて
1922年、和歌山県亀川村(現海南市)で生まれ、1944年に諜報員などを養成する陸軍中野学校を卒業後、情報将校としてフィリピンへ派遣。1945年の終戦後も任務解除の命令が届かず、ルバング島の密林にこもって戦闘を続け、1974年3月に任務解除命令を受けて帰国した。1975年にはブラジルへ移住し、牧場を開業。1989年には小野田自然塾を開設し、ルバング島での経験を基にキャンプ生活を通した野外活動などでボランティアの育成などに尽力した。近年は都内で生活し、国内各地で講演を行っていた。
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7日前 ID:687507
もうすぐ75回目の夏がやって参ります。
9日前 ID:685788
合掌。
10日前 ID:684734
もうすぐ8月15日ですね。
靖国で英霊の皆様とお会いいたしましょう。
2020.08.04 ID:684081
小野田さんがいつも気にかけていらした兵隊さんたちの慰霊を我々が引き継いでいかなければなりません。
天国から見守ってください。
2020.08.02 ID:682413
もうすぐ8月15日ですね。
日本のために命を落とされた軍人、兵隊さんの御霊を慰めさせていただくために靖国神社へお参りさせていただきます。
私の親族も靖国に眠っています。
2020.08.02 ID:682336
この掲示板を最初から読み返していただけると、小野田さんがどのような方だったのかが大まかに分かるはずです。
素晴らしい方だったとしか言いようがありませんが。
2020.08.02 ID:682322
今こそ、この日本に小野田さんのような人が必要なんだと思っています。
2020.08.02 ID:681967
小野田さんは厳しくて、温かい人だったと思う。
2020.08.01 ID:680932
小野田さんが亡くなられた時、英国でもロシアでもニュースになりました。生前、米国陸軍から講演を依頼されたとも聞きました。合掌。
2020.07.31 ID:680756
安らかに・・。
2020.07.29 ID:678638
小野田さんがあの世に旅立たれ、日本にはサムライがいなくなった。
徹頭徹尾、武士道を体現された方でした。
2020.07.26 ID:675364
小野田さん、尊敬しています。
安らかにお眠りください。
2020.04.22 ID:582653
あの世でどのような生活を送られているんでしょうか。
これからも日本をお守りください。
2020.01.10 ID:366409
これからも御国をお守りください。
2019.11.23 ID:348102
亡くなられた時、英国BBCでもロシアでもニュースになった小野田さん。米国の陸軍からは講演も依頼されたとか。
最後の日本兵に敬礼。
2019.11.22 ID:348002
帝国軍人として、そして近代日本の見守り人としての生きざま、とくと見せていただきました。
感謝申し上げます。
2019.10.31 ID:342866
現在の日本国、どのようにしたら良いでしょうか。
2019.10.31 ID:342793
感謝いたします
2019.08.15 ID:326543
他国への遠慮などなく、どんな立場の人も堂々と靖国におまいり出来る様になる事を、心から願っています。
2019.08.15 ID:326482
今日は終戦記念日です。戦争に翻弄された人生でしたね。天国でお仲間の皆様とお会いになれましたか?なんの柵もなく癒されている事を祈っています。
2019.05.22 ID:307891
最後の日本兵に献杯。
2019.05.21 ID:307806
グリーン
尊敬しております。

そして日本人として誇りに思っております。
2019.05.06 ID:304642
陛下、只今戻ってまいりました。
皇居へたった一人赴き、最敬礼された小野田さん。
これで30年間の孤軍奮闘からすっきりと解放されたとおっしゃった小野田さん。凄いなぁ。
靖国神社での最後の講演を拝聴しました。合掌。
2019.05.06 ID:304620
教育かなぁ。
競争競争で対立をあおっていますから。
対立教育。
人はそれぞれ得手不得手があるのに。
2019.05.06 ID:304609
自然に祖国を愛する心。
何の見返りもなく。
戦前は小野田さんのような日本人が数多くいました。
戦後の日本はあまりにも変質してしまいました。
2019.05.05 ID:304580
靖国神社で小野田さんのお別れの会がありましたね。
行きたかったけど、残念。
大東亜戦争後、孤軍奮闘は30年でしたっけ。
凄い精神力です。
並大抵ではありません。
2019.05.05 ID:304570
戦後の狂った日本の価値観に失望してブラジルに去った小野田さんでしたが、精神的に荒廃した未成年が起こした両親殺しなどの事件を知り、日本の青少年の精神面を育成する必要性を感じ、日本に戻って日本の青少年の心を育てることを目標とする「小野田塾」を開設しました。
異国にありながらも日本の行く末を心配されての行動だったと思います。
今、この日本に小野田さんのような方が果たしているのか?と考えさせられます。
2019.05.05 ID:304563
日本の兵隊さん達、本当に有難うございました。
今年も御礼を言いに、靖国神社へ参拝に行きます。
2019.05.05 ID:304547
「最後のサムライ」ですよ。

尊敬しております。
2019.05.05 ID:304404
米軍に是非講演をと依頼された小野田さん。
合掌。
2019.05.05 ID:304381
ご長命に安堵しております。
帰国された時の映像は記憶にあります。
恐ろしいほど凛々しかったです。
帰国後、一人皇居に赴き宮殿に向かって、陛下、戻ってまいりました、と深々と敬礼された小野田さん。合掌。
2019.05.04 ID:304169
小野田さん、お久しぶりです。小野田さんが亡くなった時、確かイギリスとロシアでニュースになったと記憶しております。
最後の日本兵、と外国での評価が高かった。
米軍は小野田さんの講演を聴きたいと願い出た。
昭和天皇からの謁見要請を、もったいないと固辞された小野田さん。合掌。
2019.05.04 ID:304158
時代は平成から令和に代わりました。空から見ていて下さいね。ありがとうございました。
2018.11.08 ID:265590
靖国神社寄附のエピソード、あまりに悲しすぎますね。戦時中、旅立つ若者は皆、『靖国で会おう!』と言って旅立ちました。

先人が、仲間が眠る靖国神社に寄附する事が、そんなに責められる事だと思いません。

隣国等に遠慮せず、政治家も皇族も参拝して頂きたいです。
2018.10.14 ID:261334
当時の田中角栄首相から贈られた100万円を靖国神社に寄付したことでマスコミや世論から激しい批判に晒されたことで「もう、この国にはいられない。日本は変質してしまった。」と強く思ってブラジルに移住したそうです。
小野田さんからしたら「自分が働いて得たわけでもない金を貰って自分のために使うわけにはいかない。靖国の英霊を慰霊するために使っていただきたい」という思いだったと思います。
戦後、変質した日本は小野田さんの心を理解することができませんでした。
哀しいエピソードですね。
2018.10.10 ID:260787
小野田さんの強靭な精神力に脱帽です。
戦前戦中の日本人は凄かったですね。
日本の兵隊さん達、本当に強かった。
合掌。
2018.10.08 ID:260380
小野田さんが亡くなってもうすぐ5年ですか。
兵役と30年間の孤軍奮闘、91年の生涯、ご苦労様でございました。日本のために戦ってくださって本当に有難うございました。小野田さんに代わり、来年も靖国神社へ参拝します。日本の兵隊さん達に御礼を言いに。
2018.10.07 ID:260341
小野田さんは立派な方だったなぁ。
戦後の日本人が失ってしまったものを生涯持ち続けていたような・・。
少しでも見習っていきたいです。
2018.10.07 ID:260292
小野田さんのような方々が73年前に、命懸けでこの日本国を護ってくれていたかと思うと本当に心強いです。日本国民ならば、やっぱり靖国神社へ参拝すべきだよなぁ。
2018.10.07 ID:260274
小野田寛郎さんと聞くと「武士道」という言葉が浮かんでくる。

これは、条件反射のようなものだ。
2018.10.07 ID:260269
二階氏も和歌山出身ですからね。
同県人ということでいらしていたのかと。
2018.10.07 ID:260267
靖国神社でのお別れの会には、自民党の二階博も来ていましたよ。何だかなぁー。
2018.10.07 ID:260263
そんな政治家たちやマスコミなど全てが嫌になり小野田さんはブラジルに渡ったのでした・・。
30年間純粋な心のまま、小野田さんはフィリピンの密林で過ごされていたのだなと思います。
2018.10.06 ID:260209
小野田さんは確か、出征の時にお母様から短刀を渡されていたはず。もしも敵軍に追い詰められ辱めを受けるようだったら自決せよと。そのお母様と小野田さんの再会場面の映像がアップされていたような。小野田さん帰国時は政治家達が羽田空港に押しかけていました。
2018.10.06 ID:260196
小野田さん帰国時の首相は田中角栄でしたか。
丁度「金権政治」という言葉も流行っていてその代表が角栄さんでしたからね。
小野田さんのような高潔なかたがあの世相に失望したのも当然のことと言えましょう。
程なくお兄様のいらっしゃるブラジルに渡られて牧場経営で成功を収めました。
2018.10.06 ID:260156
小野田さん帰国時の首相は確か田中角栄。
小野田さんは勿論、小野田さんのお母様とお兄様、それから上官だったお人が印象に残っています。
お写真にもなっている帰国時の凛々しい敬礼姿は良い意味で衝撃的でした。
2018.10.06 ID:260152
生まれた赤ん坊が成人式を終え30歳になる年数だもんなぁ。あたり前だけど。凄いよなぁ。よく心が折れなかったなぁ。強靭な精神力。そういう兵隊さん達がたくさんおられ国民を護るために戦い散華されたんだなぁ。日本の兵隊さん達、畏るべし。小野田さん、憲法改正と首相と閣僚の靖国神社参拝、天皇陛下のご親拝を天国から後押ししてください。お願いします。
2018.10.06 ID:260143
うちの子も「小野田塾」に入れたかった。

そのことが心残りです。

晩年まで青少年の心の育成に力を注いでいらっしゃいました。

尊敬出来る方です。
2018.10.06 ID:260140
昭和天皇が万一謝罪されるようなことがあってはならないと考え天皇との会見を拒否した。
また、当時の政府から見舞金100万円を贈られる話を断固拒否していたが無理矢理渡されたためそれを全額靖国神社に寄付した。
とにかく清廉潔白なお人柄でした。
2018.10.06 ID:260089
帰国時は時の人となった小野田さん。
昭和天皇との謁見が実現していたならば、どのような会見になったんだろう。ちょっと興味があります。
昭和天皇は多分、長らくご苦労様でございました。それに対して小野田さんは。兵役時20代、帰国時50代の小野田さん。合掌。
2018.10.05 ID:260043
30年間の代償としての慰労金や募金で集ったお金全額を小野田さんは靖国神社へ寄付されたはず。戦友達の最期を身近で見ていた小野田さんにとっては当然の行為だったんでしょうね。
2018.10.05 ID:260019
ラスト・サムライだったのではないでしょうか?

合掌。
2018.10.05 ID:260014
終戦後30年間戦っていたんだもんなぁー。
日本の兵隊さん達の凄まじさ。世界が恐れるわけだ。
そんな多くの兵隊さん達に日本国は護られていたんだなぁ。
一旦は英霊として靖国神社に祀られた小野田さん。
靖国神社での演説は心の叫びだったでしょうか。
お別れの会が靖国神社で開かれましたよ。
合掌。
2018.10.05 ID:260006
戦争は絶対反対!人間は考える葦である
小野田さんが、よく語っていましたね。
2018.10.05 ID:259999
小野田さんが長寿と知って何故かほっとしている自分がいます。戦前戦中と戦後の価値観がひっくり返って、真逆になって、さぞや戸惑い、狼狽、失望されたと拝察します。
フィリピンから日本国への帰還時、凛としたお姿を今でも思い出します。世界最強の最後の日本兵へ献杯。
2018.10.05 ID:259959
ビートたけしと対談された小野田さん。
昭和天皇との謁見を固辞された小野田さん。
陛下が一少尉に頭を下げる姿を見たくなかったと言う。
ご高齢でも矍鑠、凜とされていた小野田さんへ献杯。
2018.10.05 ID:259929
靖国神社での最後の演説を映像で拝見しました。
戦後日本に忸怩たる想いがおありだったでしょう。
小野田さんがフィリピンから帰還された時の日本中の大フィーバーぶりを今でも覚えております。
合掌。
2018.09.24 ID:258241
サムライのような人でしたね。
とても誇り高くて、筋を通す方でした。
2018.09.23 ID:258154
高齢になってからも続けられていましたよね、小野田塾。
うちの子どもも行かせたかった。
2018.09.23 ID:258122
私も、小野田自然塾に行きたかったです。30年間お疲れ様でした ゆっくり休んでください
2018.09.23 ID:258066
ルバング島で戦い続け、昭和49年に上官の任務解除命令でようやく帰国された小野田さん。帰国後は平成の世まで、穏やかな笑顔で自然塾のボランティアや講演を続けられた小野田さん。どちらの小野田さんもすごいと思います。いまはどうかゆっくりとおやすみください。
2018.09.22 ID:257992
小野田さん、とても凛とした方でした。 天国では日本の行く末を案じていらっしゃるのではないでしょうか?
2014.03.21 ID:92735
任務遂行お疲れ様でした。
あとは、ゆっくりおやすみください
2014.01.18 ID:91712
本当にお疲れ様でした。
2014.01.17 ID:91699
お疲れ様でした。
2014.01.17 ID:91689
お悔やみ申し上げます
2014年01月16日に亡くなった人