ホンダ創業者の本田宗一郎氏の後を継いで2代目社長となり、世界的なメーカーに同社を成長させた。1973年に本田氏からホンダ社長を引き継ぎ、82年には日本の自動車メーカーで初めて米国(オハイオ州)での現地生産を開始。ホンダが世界に進出するきっかけをつくった。83年まで10年にわたり社長を務め、売上高を就任前の5倍の約2兆円に伸ばした。
47年に前身の本田技術研究所に入社し、二輪車のエンジンの設計、開発などに携わった。伝統ある二輪車のマン島レースに初参戦したホンダの監督としてチームを率い、61年には125cc、250ccの両クラスで上位を独占した。94年から99年まで東京商工会議所副会頭も務めた。(
朝日新聞より引用)