まいり
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平井都士夫

ひらい としお
1922 - 2008
大阪市立大学名誉教授 交通論 奈良県
12時間前 ID:1502371
🐸
「もしもし、○○先生ですか?いつもお世話になっています。××新聞社会部記者の×××です」「今朝□□で起きたバス暴走死傷事故について、先生のご見解を伺いたいのですが?」「あ〜、成程。----今ちょっと手が離せないので、暫くしてから改めて電話をしてください」(その後1時間程度、バタバタと「情報収集」作業)「もしもし、お待たせしました。その事故についての私の見解は----と言うことですね。」「先生、今回もありがとうございます。それで、先生の「肩書き」は今回紙面ではどう紹介したらいいですか」「うん、そうだなあ。バス事故に詳しい○○教授がいいのでは?」「では、そうします」(続)
2日前 ID:1502295
OB
1973年にMC入学した時、すでに保母武彦さんが在籍していた。
1942年1月生まれ。1967年、名古屋大学経済学部卒(25歳)

1979年、大阪市大DC単位取得満期終了。(37歳)
同年、島根大学法文学部助教授
2006年、同上名誉教授(64歳)
ご本人は某紙インタビューで、「同時に中央大学から誘いがあったが、魚釣りができるので島根を選んだ」とのこと。
60歳前後の頃、「博士論文を企てている(アメリカの公共事業?)」との間接情報が耳に入った。もしこれが実現していたら、退職後、どこかの私立大学に教授として招かれていたのでは?とは、第三者の無責任な憶測ではある。
島根大学時代には住民運動に深く入り込み「宍道湖・中海の淡水化事業」を中止に追い込む中心人物となり、2006年「朝日新聞明日への環境賞」を受賞した。
「研究者は社会的に発言していかなければならない」との信条を貫いた半生であった。名古屋大学時代から学生運動(全学連幹部?)を率いてきたのも同様の理由からだろう。84歳のいま思い残すことがあるとしたら「期待していた魚釣りを楽しむ余暇がなかった」ことかも知れない。ご健勝を祈ります。👏
4日前 ID:1502261
OB
1973年入学当時の大阪市大経営学研究科は、観察したところ院生の少なくとも過半数が日本共産党支部(細胞)に属していた。当然ながら彼らの指導教員もほぼ半数に達する事実上の公然党員または非公然党員に偏っていた。学部時代に一旦離党していた私も、周りの政治的環境(雰囲気)に呑まれてか、N院生の手引きにより入学数ヶ月以内に、一応復党することになった。教員組織、院生組織における党員比率は、多分日本で圧倒的に最大級だったのではないか。今から見ると、まさに「異常な状況」と言えよう。出身大学(学部)も、大阪市大は当然だが、小樽商大、京都大、和歌山大、大阪外大(ウエイトが大きい外国語で有利か)などから複数人以上を占めていた。また当時は私のような現役入学者は少数派だったようだ。因みにY院生は信州大から2浪の末に入学を果たしている。中でも小樽出身のS院生は、常にGゼミ室の最奥に座り、殆ど寡黙だが穏やかな人物だったが、オーラ(秘密主義?)を感じさせた。彼はDC2年頃には大阪府委員会、その後中央委員会(経済政策委員会)専従を経て国会議員に当選、「ムネオハウス」などで活躍された有名人物であることは言を俟たない。
9日前 ID:1502061
OB
「研究ノート」読後雑感 その2
冒頭の著者作製”summary”を日本語に逆訳してみたら、あらあら不思議、本質が「一目瞭然」となる。20ページを優に超える大作の「研究ノート」が、実は水膨れの雑文集、精々エッセイであることを。何故か?敢えて率直に私見を述べる。
著者は「かつてマルクス経済学を軸足としていた」と率直に述懐しているが、では現在の「軸足」は何なのか?どうも「軸足が全く定まらないまま」で今に至っているのか?もしそうなら、「交通研究者」としてホームランどころか、まともなヒットさえ打てるものではないだろう。「交通研究の行末」など大仰なタイトルは、「羊頭狗肉」と密かに嗤われるだけでは?(続)
2026.05.19 ID:1501818
OB
例の「大はしゃぎ」小父さんを始め、この辺鄙な頁に毎日1回以上、こっそり訪れ去っていく皆さんの大半も実質的に「コネ就職」の恩恵を受けたはずである。他にも「よろず交通安全評論家」や東京に脱出したこてこての共産党員研究者もい同断。
他方かく言う不肖私は、「完全公募で」採用されて今に至る。何も知らずに「身内」の「当て馬」として応募してしまったのが、例えば広島修道大学だった。
2026.05.17 ID:1501774
OB
経済学部を通常の2倍、何と8年かけて卒業した。勉学以外の「活動」(学生運動?)に青春の熱き時間を削られた?或いは、大学院の入試にトライし続けた?
大学院MC、DCに入学後は、将来の「空席待ち」に己の全焦点を合わせ、月収3万円程度の無名短大非常勤講師手当だけで辛うじて糊口を凌ぐ。そしてDCを通常の2倍、苦節6年、単位取得満期退学。さらに2年の空白後、晴れて念願の「空席」を手に入れた。
勿論、採用人事に大学院生本人が直接関与出来るわけではないので、ごく身近な教員の非公式かつ親身の「指導」がその背景にあったことは容易に推測できる。ちょうどMJ大学への「転出」とタイミングが合致する。ここにも濃厚な(政治的&党派的)師弟関係が窺われる。
以上、合理的に考え得る全く個人的な「推測」ではあるが、まあ「当たらずとも遠からず」如何でしょう?泉下の平井先生?
2026.05.15 ID:1501692
OB
1953 生れ(推測)
1972 私立K高校卒業
1972 国立K大学経済学部入学
1980 同上 卒業(4留) 27歳
1980 大阪市立大前期MC入学
1983 同上 修了 (1留)
1983 同上 後期DC入学
1989 同上 単位取得退学(3留)36歳

1988 O女子短大非常勤講師(〜1990)
1989 私立R大学 非常勤講師
1991 大阪市立大商学部専任講師 38歳
2011 同上 教授 自己都合退職 名誉教授
2011 私立K大学 教授に転職
2019年 同上 定年退職 名誉教授 65歳

この略歴を一瞥すると、私に限らず誰でも素朴な「違和感」を抱くのではないか。
K大学経済学部を2倍の8年かかって卒業したばかりでなく、特に大阪市立大後期博士課程を2倍の6年ギリギリで修了しているが、普通に推測し得る「課程博士号」取得のためではなかったようだ。では何故か? (続)
2026.05.12 ID:1501639
OB
1970年代もそろそろ終わろうとしていたある日の、珍エピソード。平井先生が、珍しくげんなりした様子で入室し、開口一番。「◯◯大学の学部学生が、ここの修士課程で19世紀ロシア鉄道を研究したいと言うんだ。若い身空でいまさらテーマにするとは。。俺はもう、そのテーマで指導する気は全然ないんだ。。。。仕方がない、もし彼が入学したら、Eちゃんに無理を言って引き受けてもらうかな?困った、困った」(続)
2026.05.11 ID:1501565
OB
この「研究ノート」の後半では、
交通の自由(Freedom) 、移動の自由 (Liberty)を
繰り返し「筆者の造語」と強調しているのが何故か目立つ。
本来、前者はゲルマン語、後者はラテン語を源としているが、
例えば「交通の権利」に焦点を合わせるのなら、両者の「自由」を正しく組み合わせた上で現代の実情に合わせて論理的に説明する必要があるのではないか。
それにしても、「我が国で初めて交通権を提唱したのは私だ」とあちこちで「主張」して止まない日比野正己氏のあの顔が浮かんで来てならない。真実は、大先輩の湯川利和氏が1968年に『マイカー亡国論』(実際はその前に公表された博士論文)で先駆的に提唱したものだ。見え透いた「横取り」の姿が見苦しくも醜い限り。
さて、この二人に共通する知られざる深層心理とは?
序でに、エピステーメ(学)、フロネーシス(知慮)という言葉を、大した必要もないのにわざわざ披瀝している点についても、私には単なる「自信のなさ」の自覚に基づく稚拙な「自己承認欲求」の発露、換言すれば「虚仮脅し」としか見えない。
2026.05.10 ID:1501546
OB
夕食後の暇つぶしを兼ねて以下の「研究ノート」でも読んでみることにした。。。
「交通研究の来し方・行く末」(2018)。。。。。
のっけから英語のサブタイトルが(笑)。academics ではなくscienceなら通じる。
そもそも誰を読者として想定して書いた?内容とレベルからして大学院MC院生向けのテキスト用だろうが、かえって粗雑なアラが目立つのが惜しい。
権威づけのためか知らぬが、唐突に2200年前のアリストテレスを引いてはいるが、著者は、せめてヘーゲル『大論理学』第一巻だけでも齧ったことがないのだろうか?結局、20ページ以上にわたって縷々述べているが、肝心の「結論」「まとめ」が絶望的に貧弱すぎると言わざるを得ない。かつて伊勢田某氏が「彼の文章はいつも雑炊みたいなんだな(笑)」と独りコメントしたのを直接聞いたことがあるが、その真の意味が改めて分かる。「限りなく水膨れしたごった煮」と。著者にはアリストテレスからの名言をお伝えしたい。「自分を知ることは、全ての知恵の始まりである」
最後に、この「研究ノート」は著作権法上の「二重投稿」に抵触するのでは?
2026.05.06 ID:1501385
OB
この先生の授業を振り返ってみると、「理論」らしい話は一応あったけど、「マルクス経済学」の「マ」の字もなかった気がする。「政策」については「国鉄分割民営化問題」には少し触れていたみたいだけど、先生自身のスタンスがはっきりしなかった。「国労」はもちろん、「共産党」の「キ」の字もなかった。授業はそれほど体系的とは言えず、その時話題になったニュースなどの、全然まとまらない雑談が目立った。また授業中、唐突に「(究極の)オヤジギャグ」をぶっ飛ばして、教室の空気をギンギンに冷やしてくれたが、それがまた「お茶目でかわいい(W)」などとごく一部のアンケートに書かれたことで、ご本人は舞い上がり鼻の下を伸ばしていたのが、また滑稽を超えて微笑ましすぎた。以上です。
2026.05.05 ID:1501300
OB
例の「おおはしゃぎ名誉教授」のかつての講義風景を一受講生目線で冷ややかに再現するとどうなる?。。。。いまどき正式な講義の内容は全く密室性、秘匿性がないので第三者にもストレートに伝わる。「ここまで言っていいんかい!」と。(続き)
2026.05.01 ID:1501209
通りすがり🅰️
下のABCさんの投稿にある表現を
何故か「軽薄」→「毛薄」と脳内で勝手に読み間違えてしまった。
単なる変換ミスか?はたまた◯意を含む投稿か?まあ、どちらでも構わないが。
2026.04.30 ID:1501191
ABC
(元)N院生、大学院の某教え子に「お前は田舎の大学に就職してからも、ちゃんと論文を書くんだぞ」と「訓示」したそうだ。大阪市立大学大学院の演習でP教授の「世界標準では一番住みやすい都市の人口規模は30万人前後」と言う、実に重く含蓄あるコメントを聞いていたはずだが?そもそもご本人は、日本海にある旧制高等学校上がりの平凡な地方国立大学「人文学部」卒業ではなかったか?自らに何の疑いもなく平然と「田舎差別」発言を吐き散らす「地域政治経済学」「研究者」の滑稽なまでに軽薄な頭の中身と恐るべき本心を垣間見た思いに駆られたものだ。
2026.04.25 ID:1500980
ABC
以下、某N院生の就職後の実態を直接知る「元同僚」から聞いた「実話」。
正規の授業時間を毎回のように大幅に(何時間も)一方的に延長したため、バイトなどの大事な予定を事実上ドタキャンせざるを得なくなった受講生が続出していた。「今時なら間違いなくパワハラと認定され懲戒処分ものだっただろう」と述懐。
ご本人の率直な気持ちは「教育への純粋な熱意の発露」「俺様のサービス残業」「有り難く思え」だったかもしれないが、文字通り時代錯誤の「熱血」或いは「人権侵害」ぶりと言わざるを得ない。或いは、団塊親父による極めつきの「自己陶酔」と断じるべきか。
2026.04.24 ID:1500940
XYZ
以下、訂正します 恭順→教授
なお、この「私見」の対象は、あくまで私の脳裏に勝手に浮かんだ
実在するかどうかも不明の人物です。読者のみなさん、どうぞ悪しからず。
2026.04.23 ID:1500886
XYZ
P恭順の言に倣えば、率直に言って「Bクラス(二流)ではない」と認定していいのでは。無論、あくまでも私見ではあるが。
2026.04.21 ID:1500847
🐸
ある時は「鉄道事故、安全問題に詳しい」「鉄道政策専門家」
ある時には「航空の安全に詳しい」「航空政策研究者」
ある時には「自動車事故に詳しい」「道路安全専門家」
ある時には「トラック輸送に詳しい」「物流政策専門家」
はたまた「原子力の安全対策に詳しい」「原子力問題専門家」
さらには「観光船の安全対策に詳しい」「観光船事故専門家」
さらには「交通機関の安全全般に詳しい」「交通安全専門家」
思いつくだけでもメディアで見かけた同一人物の肩書の数々。正に「七色仮面🎭」(世代がバレるかも)
広範囲に渡りどれ程深い専門知識を持っているのだろうか?
寧ろ「評論家」と称するほうがより実態に近いのでは。
所属機関の宣伝(売名)に貢献をしているかも知れないが(良くも悪くも)。
2026.04.18 ID:1500645
OB
A「私は◯◯の研究をしています」
B「では、どのような仮説をもって研究しているのですか?」
A「・・・・・・(汗💦)」
論理的で明確な「仮説」を持たず(自覚せず)にできる「研究」とは一体?
2026.04.17 ID:1500537
OB
現代日本の交通(関連)学界がなぜ低迷しているのか?特に旧「マルクス経済学」系のグランドデザインなど政策提言分野で。
2026.04.12 ID:1500315
OB
「…日本では親は子どもを独立した人格とみず、自分の延長とみなす向きが強い。…自分が実現できなかったことを子供で実現する、という思いが強い…。」
(元裁判官 瀬木比呂志 2026年4月12日付 朝日新聞)
2026.04.11 ID:1500285
OB
博士課程時代、進学塾「能力開発センター」の「日曜講習会」でバイト講師をしていたが、先生から「小4の息子を医学部に入れたい。お勧めの進学塾はないだろうか」と問い合わせがあり、件の塾を紹介した。その後、毎週日曜日、難波会場の廊下で、先生が授業終了を待って薄暗い廊下の長椅子に目を瞑り背中を丸めて座っている姿を目撃したものである。
長年の同志で同僚教員の「Eちゃん」らは、先生の度を超えた「超教育パパ」ぶりに何度も諫言していたと聞くが、当のご本人曰く「自分に残せるものは教育しかない」と全く聞く耳を持たなかったようだ。その後、息子さんは、晴れて京都の私立中高校に進学したが、先生はそれを契機に、京都市内に京町家風の小さな借家を平日のセカンドハウスとして借り上げ、6年間に渡り親子3人で二重生活を続けることになった。正に現代日本の「孟母(父)三遷」と言うべき姿であろう。息子さんは、昨年開業した内科クリニックのHPで「中学の特に腕を骨折して治療を受けたことが医者を志すきっかけとなった」と述懐しているが、実は小学4年生より前に父親が勝手に望んでいたコースを結果的に自らなぞったのだろうと個人的に解釈している。
2026.03.29 ID:1499283
勝呂道生
平井先生のご紹介を受けて一ノ瀬先生の研究室を訪問したことがある。
開口一番「ご著書の帝国主義論の学習を読みました」と挨拶したところ、
先生は慌てて「いや、私の専門は会計学でして」と返された。共産党系労働組合向けの講師活動は先生の非公式サイドワークだったことを再認識させられた。
御冥福を心から御祈り申し上げます。🙏
2026.03.28 ID:1499211
勝呂道生
御冥福を心から御祈り申し上げます。
2026.03.01 ID:1497197
OB
大阪商大事件の覚え書き(大阪市立大学文学部)
https://ocu-omu.repo.nii.ac.jp/record/2004918/files/DBd0270701.pdf
平井都士夫「治安維持法違反」判決日 1945年1月30日、懲役2年 執行猶予3年
未決勾留日数400日。
他に私が個人的に存じ上げている「被告人」の氏名は、林直道、一ノ瀬秀文、木下悦二。彼らを含めて全部で40人ほどが検挙、投獄され、うち獄中死は2名。
平井、木下両先生は、戦後、大阪商大事件への関わりについて、一切口を閉ざしておられた(少なくとも私の面前では)。なお取り調べの中で、20〜30発殴られることがあり、インテリの精神的脆弱さの故か、不本意にも特高刑事に迎合した形で「自白」するものが大半だったという。
2026.02.26 ID:1496852
OB
衆議院本会議での代表質問を運転しながらラジオで聞いた。
共産党は56年ぶりに、れいわ新撰組や社民党と同じく、とうとう出番がなくなってしまった。田村委員長は「街頭での活動で頑張る」と一見「意気軒昂」だが、果たして絵になる程の聴衆を集められるだろうか?上記3野党の存在感が日毎に薄れていくのではないか。1979年の39議席をピークに、以降、今回の4議席まで雪崩のように崩落していった。仮に志位議長が関東南ブロックで屈辱の敗北を喫する醜態を晒さずに済んだ、と想像したら、志位さんの慧眼を誉めなければなるまい。
他方、本日の参議院では小池書記局長の代表質問を短時間ながら聞くことができたが、3年後の参院改選の結果がどうなるか?
2026.02.25 ID:1496822
OB
かつて平井先生は、研究室の洗面台に茶殻を流そうとしたことがある。もちろん排水管に詰まっては一大事と引き止めた。本業の他は「社会活動」に専念して、日頃、家事全般から殆ど遠ざかっていたのだろう。斯様に純朴な先生であれば、生まれて初めて50代半ばになって、僻遠の外国(特に「先進国」とは言えない東独)での長期の単身生活に心身ともに耐えられなくなることは十分想像がつくと言えよう。結局、先生は「(加齢による)飛蚊症」の発症を契機に、滞在予定を半年残して、急遽帰国を余儀なくされた。
2026.02.23 ID:1496612
OB
平井先生が大阪市立大学に出校される際に昼食を摂る店は、杉本町駅前の小さな鉄板焼き店で、「牛肉入り野菜炒め定食」が殊の外お気に入りのようだった。今も崩れかかった店舗だけがそのまま残っている。
2026.02.21 ID:1496128
OB
社会民主党の福島瑞穂さん、れいわ新撰組の大石晃子さん、日本共産党の田村智子さん。3者の共通点は、国政選挙で大惨敗が続く零細政党の女性党首。
超過激で支離滅裂な発言で特に無党派有権者の顰蹙を買っている大石さん。昭和の時代から何ら変わらぬカビが生えた無内容な「左翼」風アピールを喧伝する福島さん。表面上は「党首」のはずだが、常にその背後に最高権力者の浮腫んだお顔(失礼!)が見えてしまう田村さん。そして、立憲民主党+公明党=中道改革連合の為体(体たらく)。戦後最大の政治的危機の始まりか?嗚呼。。。
2026.02.17 ID:1495705
OB
大学院時代の忘れられない思い出話 その1。
P教授の大学院演習中の一コマ。N院生が「上林貞次郎さんは研究者として何流と思いますか?」と話題を振った。するとP教授は、躊躇なく即座に答えられた。「Bクラスだろうね」その時点で上林教授は既に定年退職し、専修大学に転職されていた。P教授はご自身を「Aクラス」はたまた「Sクラス」と自認されていたのだろう。そうでなければ、院生たちの面前で、そのような公言は中々出来ることではない。またそうであれば、P教授は例えば上林教授の一門下生であり先輩同僚である平井教授を「何クラス」と認識されていたのだろうか?との素朴な疑問が残った。
2026.02.15 ID:1495571
OB
共産党は、比例区と小選挙区合わせ60人のうち4人当選にまで大惨敗した。比例区得票数252万票弱、得票率4.4%。
単純に見れば、供託金1億6800万円が没収される。
泡沫候補に投票した有権者で比例区も共産党に投票した人はどの位だったか?小選挙区の候補者の大半は50代以上の専従党員で、活動量も当選への熱量も高くはなかったように私は受け止めた。SNSにもほぼ登場せず。
もちろん政策自体は共産党が群を抜いて総合的で完成度が高かったが、なぜそれが議席に繋がらないのか?
小選挙区制度の影響が決定的理由ではあるが、特に40代以下の無党派有権者への訴求力が国政選挙の度に毎回急速に落ちている。その背景を深く自省すべきではないか?高市政権と一部野党を「ファシスト」と決めつけ攻撃する前に。
今や完全消滅寸前の社民党、さらには れいわ新撰組のすぐ後ろをよろめき走っているとの自覚は党幹部にあるのだろうか?ちなみに戦後80年、特に東アジアの政治軍事情勢が激変しつつある現在、私自身は「現行憲法を一字一句、改訂すべきではない」とまでは思っていない(特に「自衛隊」の明記)。如何でしょう、現役の党員研究者の皆さん?
2026.02.11 ID:1495177
OB
久しぶりのベトナム縦断旅行中にわが国では戦k後史を画する衆院選が決着をみた。
自民党の単独獲得議席は脅威の3分の2を軽々と超えた。
他方「左翼」陣営は、日本共産党が8議席から4議席へ、またもや大惨敗。これを党執行部は「重大な後退」と表現する。また山本太郎なき れいわ新撰組も奈落の1議席へ転落。社民党は最早跡形もなし。今回、共産党執行部はこの予想された惨状をどのように「総括」するのだろうか?
取り敢えず、Youtube松竹伸幸ちゃんねる「共産 野党の惨敗」(3回シリーズ)などを参照してみよう。
2026.02.01 ID:1494499
OB
平井先生は、元々「文学部」に進みたかった。石坂洋次郎に私淑していた、そうである。
2026.01.15 ID:1493402
OB
山中竹春・横浜市長のパワハラをメディアの前で公然と告発した現役の同市人事部長のニュースを見た。彼は前職の横浜市立大学教授時代から、度を超えたパワハラ行為で学内外で有名だった。私も、「文春砲」より遥か以前に、高校同窓で同大学名誉教授から聞いたことがある。そんな男を堂々と正式に「推薦」した日本共産党は、昨年の再選時には、別の理由で「推薦」から手を引いたものの、初選挙時の政治的責任は消えることはない。まさに田久保・伊東市長の(一時は)少数与党だった経緯を彷彿とさせる。日本共産党神奈川県委員会、同横浜市議団は、この問題をどう弁明し、対応するのだろうか?「知らなかった」「人を見る目がなかった」だけでは済まないだろう。
2026.01.13 ID:1493196
OB
大学院博士課程時代、某教授に言われたこと。
「◯◯学方法論の研究」というテーマは、初心者がまともに出来ることではない。最低限、長期の学問的蓄積があり、かつそれなりの高度の力量が必要だ。
大学院生が研究テーマを選ぶ際、指導教授がどのように方向づけるか次第で、その後の研究方向が決まってしまう。
もちろん、中には60代を超えて「方法論」を試みる勇猛果敢な「ベテラン」もいなくはないが、例え「研究ノート」と自称しても、結局何も付け足せない駄文に終わってしまう恥ずかしいケースとなりがちなような気がする。以上、あくまで一般論。
2026.01.12 ID:1493117
OB
森田優己「交通経済学体系と方法論上の問題点」立命館経済学 33-4 1984年)をネットで一読。立命館大学大学院博士課程大学院生の記念すべきデビュー論文?
2026.01.07 ID:1492698
OB
『富永祐治』読了。真の意味で富永先生の偉大さを改めて再認識。伊勢田先生の引き締まった文章が最も私の印象に残った。
同時に、富永先生を超える、否それ以前に先生のご遺志と能力を引き継ぐ力量がある人が「富永後」の交通学界隈にいるのか、残念ながらどうも心許ない。
なお、本書末尾に所収の「(阪神大震災)罹災記」で先生のお人柄を知ることができた。
2025.12.31 ID:1491981
OB
不破哲三さんに深い哀悼の意を表します。
40年以上前、大学・知識人の共産党後援会の10数名ほどの三二集会に同席されたのが、私にとって最初で最後の直接的なコンタクトでした。会話の内奥は忘れましたが、不破さんはどんな(意地悪な)質問にも即座に誠実かつ理路整然と答えられていたことは覚えています。
ただ、私自身はどちらかと言うと兄の上田耕一郎さんに、よりシンパシーを感じていました。同じ時期に、東海道新幹線の普通車最前列(A席)に一人で座って分厚い書類を読み込んでいる上田さんの姿を、たまたま見かけたことがあります。聞く所によると、対して不破さんは書記局長時代から常にグリーン車を利用されていたとか。どうも「格」が違うようです。
2025.12.29 ID:1491841
OB
伊勢田先生は「著作集を出された唯一の交通学者」と富永先生(1990年 全3巻)を評されているが、大島藤太郎著作集 全6巻(1983年)を失念されているのでは?
伊勢田先生は「富永交通学者」と自称されていたことが改めて感慨深い。

出版当時にご健在でこの追悼集に参加されなかった全国の中堅以上の交通研究者の中でも、中西健一先生の場合が何故か唯一気になる。富永先生から大阪市立大学助手として引き抜かれたはずだが。他方、平井都士夫先生や柴田悦子先生の場合はごく自然の経緯に依るものだろう。

富永先生は「国鉄分割民営化」政策にどのようなスタンスだったのか?どこにも誰も言及されていないのは何故?既に「交通学界のタブー」になっていたのか?
2025.12.22 ID:1491275
OB
『富永祐治 人と学問』関西都市交通研究所 1999年 を
改めて精読中。
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