まいり

遠藤豊吉

えんどう とよきち
1924 - 1997
教育評論家
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2020.08.07 ID:686169
入山 賢一
70歳を過ぎました。あの時、書くことは、生きることと拮抗させるくらいじゃなければ、だめだ、とおっしゃった意味が、ようやっと腑に落ちつつあります。老化しつつあるアタマに鞭打って、憲法を読み、書いています。
2020.05.16 ID:608945
1990年12月の音楽広場を手に取り懐かしんでおります。実家が多分すぐそばです。今気づきましたから30年もたった今、そうだったんだーと不思議な気持ちにひたっております。『子どもたちの空間』の文に今の自分の生活を重ねあわせその時の先生のお気持ちが共感出来ます!こんなに時間がたって申し訳ございませんがご冥福をお祈り致します。先生の優しい声が蘇ってくるようです。
2019.12.17 ID:353976
子供が幼稚園にかよいだしたころから、ラジオの、教育相談を聞いていました。ご自分の体験を踏まえての回答には、いつも心打たれてました。先生の産みのお母様と、育てのお母様への思いを込めたおはなしには、家事をする手が止まってしまいました。今、こどもたちは、36歳、35歳で子育て真っ最中です。いつか、先生のお話ししてみようと思います。
2019.07.30 ID:322662
昔、TBSラジオの深夜放送(パックインミュージック)で永六輔さんが話していた、遠藤豊吉さんが特攻隊員になった時にお母さんが書いた手紙の話に、とても感動したことを覚えています。
あのお話を、どこかでもう一度読みたいなと思うこの頃です
2019.01.25 ID:279795
神田博史
豊吉先生の話は心に浸みるものがあり
心があらわれました。本当にもう一度
先生の話を聞いてみたいですね。
幼い子がお墓にミルクをあげる話には
本当に涙がこみあげてきます。
2018.06.20 ID:242471
高橋忠治
私は、1978年版の「日本の詩」シリーズ(小峰書店)に四篇の詩を採択していただきました。このときの感動は忘れることができません。的を得た解説に作者が目を開かされる思いでした。お目にかかったことはありませんが、敬愛しております。
亡くなられて21年と知り謹んで合掌いたします。
2018.04.17 ID:233051
ある家の整理をしていたところ、地図をつくろうの絵本とお手紙が出てきて調べてみました。有名な方だったので驚きました、
2017.08.20 ID:195969
8月は太平洋戦争が話題にのぼることが多いので、終戦があと数日遅ければ特攻で散っていたはずだった豊吉先生のことを幾度も思い返します。
 ID:61152
お悔やみ申し上げます
1997年05月08日に亡くなった人