まいり

川崎寿彦

かわさき としひこ
1929 - 1989
英文学
お線香をあげる   お花をあげる
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2019.04.22 ID:300876
『庭のイングランド』を何度か丁寧に読むつもりです。先生が文学者としての出発点でなされた、「文学を読むという行為にあっては、われわれが個々の作品をよりゆたかな意味において理解し、これをほかの読者にもあきらかにすることこそ、人類の文明経験に対するわれわれの責任をはたす行為になろう。(『ニュークリティシズム概論』p.159)」という決意の極めつきの成果がこの本であり、「このあと、革命家としてのミルトンの倫理的方向性には、凛冽たる一本の筋が通るころになる」という『庭のイングランド(p.272)』の記載はミルトンを川崎に置き換えればすべて先生にあてはまり、この「凛冽たる一本の筋」は最後の著作『イギリス文学史』まで一貫するからだ。またこれが可能であったのは奥様の支えがあったからでもあろう。とにかく感謝しています。
2019.03.26 ID:293804
時は夏、森は輝き
 のびのびと葉はひろがる。
美しい森に小鳥の歌、
 心は喜びにおどる。
鹿は高い岡から
 谷に降りてくる。
緑の森の木の下で
 緑の葉陰にかくれる。  

今日の文明はなんとしてでも〈森〉を守らなければならない状態にきていると思います。森が滅びれば文明が滅びるのは明らかだからです。
  
(『森と人間 - 2000年』 p.61 / p.7)
2019.03.17 ID:291938
「一人の人の生涯が、よかったかわるかったか、どれだけ社会のお役にたったか、たたなかったか、容易には決めがたい。」


偉大な教育者でもあった先生の晩年の言葉である。
2019.03.03 ID:288468
 一滴の涙が落ちれば、それに映ったきみが落ちる。
 海を隔てて別れれば、きみもぼくも無に帰してしまうのだ。  
・・・ダンの恋愛詩には離別の歌にすぐれたものが多いが、それはたんに男の女に対する愛情の深さを証しするだけでなく、一般に「別れる」「離れる」「接触を失う」という現象に対する、存在そのものにかかわるような恐怖心を証しするのではないかと思われる。 (『鏡のマニエリスム』 p.83 )

先生は『カナダ山荘』という名でまとめられることになる小品集を30年前病床にてお書きになった。他者に対するお心遣いは先生の平素の常であったけれど、病床にあってもそれができる先生の深く気高いお気持ちには言葉を失います。引用した『鏡のマニエリスム』の一節がこの時の先生の心にあったことは確かだと思いますが。
2019.02.09 ID:282285
『ヤギ爺の独り言2009』から

わたしの名大時代の指導教官だった川崎寿彦先生は晩年「庭」とか「森」とかの自然が文学作品にどんなふうに用いられ、それが時代時代の人間の生き様をどのように写しだしているかを研究していた。助手をしていたとき、先生が助手室に来られ、著書の『森のイングランド』(1987)の扉裏に署名のあるのをくださった。そのとき、ニヤッと笑って、


森くんは、「森」だから、「森」の研究をするのかな

・・・・・

川崎先生がどんなつもりでおっしゃったのか、生きておられたら、今なら聞いてみたい。しかし、「森君は「森」だから…」という先生の言葉は、たしかに、わたしの転機となった。その年(1987年)の秋には、わたしは大阪大学に赴任することが決まっていた。わたしは、川崎先生がわたしの研究の方向についてアドバイスしてくれたのだと、勝手に思いこんだ。「いまのままではだめですよ」と言ってくれたのだと思いこんだ。先生はわたしが山に行っていることを知っており、自然の中で遊ぶことが好きなのはわかっていてくれた。
2019.02.09 ID:282277
『ヤギ爺の独り言2009』から

学生時代、男の友達を呼ぶのに、「○○君」とも「○○さん」とも言いにくく、どうしたものかと、ふと思いついて、普段の会話などでは、皆を「○○選手」と呼ぶことがあった。


「おっ、鈴木選手が来た、ねえ、きょう飲みに行かない?」といった風に…


あるとき指導教官の川崎先生から、「森君は、どうして「選手」と呼ぶのですか」ときかれた。


「はい…わたしも浪人してるし、いわゆる後輩なる人にも年長の人がいるしぃ…途中で抜かしちゃってわたしの方が学年上は「先輩」になってしまった人もいるし…ってことで、女性ならみな「さん」でいいですが、男は「くん」とか「さん」とかややこしいんで…いっそのこと「選手」ってことに…大した意味はないです…」というようなことをしどろもどろに言った。


「そうですか。ならばわたしは川崎選手ですね」と川崎先生は笑った。

2019.02.06 ID:281844
今回は『マーヴェルの庭』をとても面白く読めました。ぼくは素人だから十分には論じえませんが、近代人誕生の現場そのものをマーヴェルの詩の読みを通して論じ切った素晴らしい本だと思います。60年代の末からの学生運動もこの本の成立に影響があったかもしれません。読み方としては318ページの「結章〈世界〉から〈歴史〉へ」から始めるのも、論点の枠組みをまず把握できるから良いかもしれません。

2019.02.05 ID:281565
形而上詩的機知・・・それは、事実(レース)としての真実がほとんど完全に実体を喪失しようとしている瞬間に、言葉(ウエルバ)のレベルでそれを強引に再統合・再生産してみせる、一種の言葉の錬金術であった。『マーヴェルの庭』(p.274)

文化思想家・英文学者、川崎寿彦の形而上詩的機知についての極めてパワフルな定義である。『鏡のマニエリスム』(p.121)にはさらに次のようにある。

(マニエリスムの時代の詩人)の言語に共通する特質は、言葉が〈物〉である種類の魔術的言語であったということ、そして概念がかならず物質界に類比の根を降ろす種類の新プラトン主義的・錬金術的言語であったことであろう。

『ダンの世界』・『マーヴェルの庭』・『鏡のマニエリスム』の三冊の形而上詩の考察を通してなされたイギリス近代前夜の研究はこの後さらに『庭のイングランド』・『森のイングランド』へと続き、最高の名著『イギリス文学史』(成美堂)に結実する。誠に一貫した見事なお仕事だった。
2019.01.26 ID:279868
「マーヴェルの庭園詩について考えるようになってから、もはや十数年になる。」『マーヴェルの庭』の「あとがき」はこのような文で始まる。

「僕の本は難しいようだ、と先生がおっしゃっている」と奥様からお聞きしたことがあったけれど、二回や三回読んでわかりましたと言える本ではない。今度もこの本を二回り読んだ、先生の本はどの本でも言えることだが、読むたびに新しいことがわかり、新たな味わいを覚える。ちょうどバッハの曲を繰り返し聴くようなものだ。

この本をお書きになって後もさらに十数年、脳裏にしっかりと刻まれたマーヴェルの詩について先生は考えられたに違いない。私もこの本を今後も繰り返し読みたいと思う。

2019.01.20 ID:278852
人間のこころは外の大世界をそっくり映すから〈小世界〉であり、しかもそれはソロモンの雅歌に歌われた美しい「囲われた庭」であると(13世紀イタリアの神学者聖ボナヴェントゥラは)考えた...

 「囲われた庭」:「わが妹、わが花嫁は閉じた園、/閉じた 園、封じた泉のようだ (= A garden locked is my   sister, my bride, A rock garden locked, a    spring sealed up.)」(「雅歌」第四章十二節)
                『ダンの世界 (p.68)』

このテーゼは『マーヴェルの庭』や『庭のイングランド』においてさらに深く展開される。  
2019.01.13 ID:277449


      菜の花や小学校のひるげどき

 少年川崎に文学天才のビッグバンを引き起こしたのはこの歌だ。

 『分析批評入門(新版)』(明治図書)
 pp.49-52、およびp.18を参照
2019.01.09 ID:276779
文学研究における先生の主要な関心は作品を生み出す人間に、その心の働きにあった。これは生涯を通して一貫して変わることがなかった。『ダンの世界』(pp.3-4)には以下のようにある。

もし文学が「ヒューマニティーズ」すなわち「人間の学」であるならば、作品群の背後に人間を体験することは、恥ずべきことではない。...
(私は)あのきらびやかな作品群の背後にある詩的想像力の動きをとらえたいとねがうのだ。...
彼があのような詩を、あのような密度で書ける想像力の持ち主だったという事実にのみ、関心があるのだ。後年の宗教人としての彼についても、まったくおなじである。
2019.01.02 ID:275533
人生はヒロイックなものではありません、先生にたしなめられたことがありましたが、『マーヴェルの庭』には以下のようにあります。

マーヴェルが最終的に信じたのは、・・・けっきょく彼個人の日々の生き方が作り出してゆく種類の、現実的な時間であったように思われる。それは黙々とした歩みを支える、謙虚な、そして非英雄的な時間であった。

あのバーミュダ島の水夫たちが、黙々と、規則正しいリズムで、オールを漕ぎ続ける(ときの時間であった。)・・・それはもはや、静的恍惚とも、激動の陶酔とも、無縁であった。
         (『マーヴェルの庭』 p.312, p.320)

2018.12.21 ID:273272
(ジョージ・エリオット)は人が人間社会に生きるかぎり、社会的義務を負っていること、そして万難を排してその義務を実践すべきであることを確信した。神を捨て、義務を神格化したのだといってもよい。・・・・・

晩年の大作『ミドルマーチ』では作者の思想がいっそうふかめられている。・・・女主人公の・・・若い理想は、たえず空回りする。<義務>の観念に駆られて自己犠牲的な奉仕をこころざしても、誤解されたり、壁にぶつかってはねかえされたり、結果がまるで裏目に出たりするのだ、しかしドロシーは挫折しない。彼女はひたと前面を見つめて、歩み続ける。絶望しないこと、義務を果たし続けること ー 人間の生き方はここにしかないと、作者は説いているのであろう、
         イギリス文学史(成美堂)p.129
2018.12.15 ID:271963
神様たちも思うままに飛び回れるような大きな大きな心の方でした
2018.11.27 ID:269041
先生の手向けには先生の御本を一章でも一節でも一文でもよいから読むことかと思います。そしてその内容を皆さんで共有しませんか。「庭とは、それを作る人にとって世界の模造であり、小宇宙なのである。」(マーヴェルの庭)とありますが、先生の御著作は先生の宇宙であり、読者に開かれた宇宙であると思います、
2017.02.13 ID:174221
全集を出してほしい。だが出版社がなかなか版権を手放さないでしょう。死後30年、いまだに刷れば売れる学者なんだから。生誕100年を目標に、「日本の文学教育のため」ということで出版社を納得させる以外に方法はない。『庭のイングランド』等は当時、新たに出版社を設立する名古屋大学のためにそれまでの予定出版社であった研究社を説き伏せた、との話がある。名古屋大学はその恩返しのために「学術振興のため」ということで出版各社を説得したらどうだろう。大学の出版会で全集を出すところも少なく話題性もあろう。卒業生からは寄付を募るとともに予約を取る、安価で想像以上の部数がさばけるのではないのか。ついでに版権は借りることにして売れた部数分の版権料を出版社に支払えばよい。
とにかく稀有な学者だ、名古屋大学のためだけでなく、日本のためにも全集がひつようだ。川崎が東大の学者であったならとっくに全集出版の運びになっていただろう。名古屋大学の学者諸氏、および出版会のみなさん是非頑張ってください。
論文や書簡等可能な限り読みたい。ぼくは手紙を2、3通持っているが書籍に劣らず素晴らしいし、生の川崎の姿がよくわかる。お願いします。
2017.02.12 ID:174161
川崎寿彦全集とか『川崎寿彦の世界』という紹介本がでないかな。日本の最高の英文学者・批評家であることはもうはっきりしている。岩波は適切な棒ウ学者を動員して、日本文化の維持のために彼の全集を出版すべきだよ。
2013.07.01 ID:56282
お悔やみ申し上げます
1989年04月18日に亡くなった人