まいり

北畠治房

きたばたけ はるふさ
1833 - 1921
大正 幕末 天誅組 勤皇家 司法官 男爵
北畠治房さんについて
法隆寺附近の商家の次男として誕生。伴林光平に師事して国学を学び、過激な尊王攘夷思想に傾倒、天誅組の変が起こると師の伴林に随伴してこれに参加するが、天誅組は鎮圧され、師である伴林も処刑される。鳩平は追手を逃れて潜伏し、京都や大坂を転転とする。やがて旧知であった水戸藩士大庭一心斎らに誘われ天狗党に参加するも、早期に離脱。戊辰戦争では尊攘派の浪士達を糾合して有栖川宮熾仁親王の軍勢に加わる。

明治維新後は司法官となり、横浜、京都、東京裁判所長、大阪控訴院長を歴任。任期中起こった小野組転籍事件の裁定に辣腕を振るい、槇村正直と舌戦を繰り広げた。明治十四年の政変で失脚し、立憲改進党に参加。東京専門学校(現在の早稲田大学)の議員も務めた。男爵に叙任され、法隆寺近郊で余生を過ごした。
北畠治房-Wikipedia
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2019.10.09 ID:336834
何か綱渡りの人生。88歳の長寿を全う出来たのも!
 ID:30762
お悔やみ申し上げます