まいり

秋山真之

あきやま さねゆき
1868 - 1918
海軍軍人
秋山真之さんについて
 海軍軍人。愛媛県松山生まれ。兄の好古(よしふる)は陸軍大将として知られる。1890年海軍兵学校を首席で卒業。92年の日清戦争では、砲艦『筑紫』の航海士として参加。97年アメリカに留学、翌年輸送船『セグランサ号』に乗り込み、米西戦争を観戦。99年イギリスを視察。米英駐在の3年間に海軍の戦略・戦術・戦務の3概念を学び、帰国後は海軍大学校の教官となって普及させた。
 1904年日露戦争が勃発すると、東郷平八郎の下で連合艦隊参謀となる。バルチック艦隊への迎撃作戦を立案し、日本海海戦の勝利に貢献した。14年軍務局長となり、第一次大戦問題・及び中国への二十一か条要求問題において対中国強硬政策を主張。16年第一次世界大戦を視察し、総力戦の教訓を導入したが、それを生かせぬまま没した。
秋山真之 - Wikipedia
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2019.11.30 ID:349683
バルチック艦隊は津軽海峡 それとも対馬海峡通過か? 見事読み切った名参謀 若き日に米国の闘いぶりを観戦武官としての経験が活きましたね 『本日天気清朗ナレドモ波高し 皇国の興廃この一戦にあり 各員一層奮闘努力せよ』♪旗艦三笠よりZ旗があがる
2016.06.24 ID:160272
塩屋隆男
日本海海戦を勝利に導いて下さったこと心から御礼申し上げます。
2016.02.27 ID:154976
「坂の上の雲」を読みました。ご兄弟の活躍は日露戦争に大きく貢献なされました。   合掌
2016.01.30 ID:153619
藤沼則夫
「天剣漫録」30章は閣下の30歳時の殴り書き随想だといわれてますが、其の洞察名文は現代に於いても十分な説得力を以って通用するものです。座右銘としております。  合掌安らかにと
         日本会議小山
2014.07.21 ID:133109
日本海海戦を勝利に導いた参謀に合掌
 ID:30024
お悔やみ申し上げます